2026.08.12

「大豆バスケット!」子どもたちが芽を出す瞬間には、耕さない畑があった。ふるさとファーマーズが始める、神奈川・茅ヶ崎のリジェネラティブ農業×探究教育のモデルとは?【後編】


[公開日:2026.08.29]

interview:石井 雅俊〈ふるさとファーマーズ 代表〉

Interviewer&Text:江澤 哲哉


[この記事では、編集長の運営する「と或るラジオ」にて、ふるさとファーマーズ代表・石井正敏さんをゲストにお迎えした全3回の対談を、記事として再編集しお届けします。]


農家さんが、年々減っている。後継者が足りない。米農家は時給、十円。

ニュースや新聞、ショート動画で飛び交う情報を目にして、私たちは何をどう感じ判断したらいいのか迷うことがあると思います。私もその一人です。

課題が大きすぎて、何からどう捉えたらいいのかわからない。また、知り合いに農家さんがいるという方も、特に都心部に暮らす方は少なかったりするのではないでしょうか。

「じゃあ、農業の塾——畑の習い事があればいいんじゃないか」

これは、茅ヶ崎の小学校の子どもたちの中から、子どもたち自身のアイデアとして出てきたある日のできごと。

私は、このできごとを目の前で見てきた、ふるさとファーマーズの石井雅俊さんに、前回から引き続きじっくりお話を伺ってきました。

そこからは、食と健康な土壌からはじまる「美しい未来のふるさと」、そして「血の通う安心」が、わくわくと共に見えてきました。


石井 雅俊(いしい・まさとし)

NPO法人ふるさとファーマーズ 代表。神奈川県茅ヶ崎市を拠点に、約8000平米の農地でリジェネラティヴ・オーガニックと呼ばれる不耕起栽培や養蜂を実践し、農地を活用した環境教育・地域づくりに取り組む。学校・大学・企業・行政と連携し、子どもたちへの農体験や脱炭素教育を推進。第2回かながわ脱炭素大賞・普及促進部門を受賞。


農家さんへの憧れが、未来をつくるなら?子どもたちの「あったらいいな」の声で生まれた畑のならいごと

前回の記事では、この活動を始められたきっかけや経緯についてやミツバチが教えてくれた働き方のお話を伺ってきました。次にお話は、石井さんが力を入れている学校での環境教育プログラムへと移っていきます。

きっかけは、ある学校からの依頼でした。先生が子どもたちに伝えたいのは「農業」について。ふるさとファーマーズの石井さん自身は農業として出荷・販売等をしている農家ではないため、鎌倉時代から代々続く地元の農家にインタビューをすることになり、子どもたちが「聞きたいこと」を考え、それを石井さんたちが実際に取材する、という形となりました。

インタビューの中で、農家の方はこう語ったといいます。「農業を、憧れの仕事に思ってもらえたら嬉しい」。担い手が減り、自給率が低いという現状を踏まえた、切実な願いでした。この言葉が、子どもたちの心にいちばん響いたそう。

石井さん:いろんな大変だったこととか、やっぱり温暖化であの作物が作りにくくなってるよっていうことであったりとか、今の農家さんがいなくなってしまっているとか、自給率が低いっていう…。そんな現状を踏まえた上で、農業っていうものを憧れの職業に思ってくれたら嬉しいなっていうことをその農家さんがおっしゃってたんです。それがやっぱり子どもたちが一番こう響いて。

じゃあ農家さんを憧れの職業にするには、僕たちはどうしたらいいんだろうっていうことを考えたんです。子どもたちがいろいろな案を出して出した結論としては、農業の塾みたいなのができたら。いいんじゃないか、習い事ができたらいいんじゃないって。例えばサッカー選手になりたかったら地元のサッカースクールがあるし、野球選手になりたかったら地元の野球少年団があったりと。いい大学とかいい会社に入りたかったらじゃあ塾に行こうか、勉強頑張ろうかみたいなことがあるけど、農業って何もないよなっていうのがあって。

それができると「農に触れる人が増えるから、実際に本当に農家になりたい人たちも出てくるんじゃないか」っていう仮説を子供たち自身に立てて、じゃあ畑の塾を企画する協力をしていただけないかって僕たちにこう子どもたちからご相談があったんです。

実際にやってみると、それは畑の体験イベントという形になっていきました。子どもたちは自分たちで、得意のiPadなどを使いチラシをつくり、他の学年に呼びかけ、さらに市役所に行って「ポスターを貼らせてもらえないか」と直談判。市役所には、子どもがつくったポスターを貼った前例がなかったという。それでも教育委員会は、子どもたちの熱量に押されるかたちで協力を決めた。子どもの想いが、大人さえも大きく距離を感じてしまう行政の前例の壁を壊したのです。そして当日、イベントは満員になりました。

石井さん :子どもたちがこうやって自走していく力を、僕らはちゃんと信じてあげればいい。大人は、困ったときにちょっと手助けするくらいでいいんです。この出来事を経て、学校での畑づくりに、より力を入れるようになったんです。同時に、子どもというのは、僕にとって社会の土壌だと思っていて。土壌が豊かにならないと、いい苗を植えても、種をまいても、きっと育たないと思うんです。

大豆を知ったら、給食の時間が楽しくなっちゃった!

子どもたちの変化について、石井さんは他にもいくつもの具体的なエピソードを教えてくれました。

それは、「すがたを変える大豆」という国語の教科書にあるお話を発展させて石井さんのお話を聞きたいと依頼をくれた学校の先生から始まります。

例えば、大豆を一緒に育てた子どもたちは、給食に大豆が出てくるだけでテンションが上がるようになったといいます。大豆は、味噌になり、醤油になり、豆腐になり、油揚げになり、おからになり、もやしになり、枝豆にもなる。フルーツバスケットならぬ「大豆バスケット」という遊びまで生まれたそう(!)。自給率が低いとされる大豆という作物が、子どもたちにとって驚くほど身近な存在になっていったのです。

石井さん: 僕が教えたっていうより、体験を通して、大豆の重要性を自分たちで感じ取ってくれたんだと思います。農家さんがれだけ大変なんだとか。“大切にしていきたいな”って思ってくれたことの一つの表れであったり。

他にも印象的だった話があるんだと語ってくれました。全4回の畑イベントで、座学から始まり、苗を植え、草刈りをし、芽かきをし、つるに巻きつけて、ようやく収穫にたどり着くという一連の手入れを経験した子どもたち。もともと野菜が苦手だったその子は、自分で育てた野菜を驚くほど食べるようになったそう。そしてもう一人は、最初は友達に誘われて渋々来ただけだったのに、畑が大好きに。

「将来はこの子と畑を一緒にやる!」という言葉も溢れ出したんだと言います。

石井さん :僕らが何かを一つ伝えるだけで、子どもたちの力は100倍にも200倍にもブーストされる。社会を大きく変えてくれる力は、きっとこの子たちの中にあるなって。

そう語る石井さんの声には、教える先生というより、一緒に楽しみ、畑のとなりで見守る大人としてのまなざしが浮かんできました。ついつい、笑顔が綻びます。


ルソーに学ぶ、「感覚」する教育のかたち

私自身、教育を受けながら、いつも引っかかっていることがありました。「教育」という言葉は、辞書には「教え導くこと」と書いてある。しかし、教え導かれることに嫌気がさして、勉強が嫌になってくることもある。(笑)でも、education の語源は「引き出す」という意味。石井さんがやっていることは、まさに後者に近いのではないか。また、学ぶなかで私の中にあるのは、教育とは「よく」生きようとしていることに対して、それがより活発になるよう働きかけること(パイデイア)だということ。石井さんは、学校の先生ではないけれど、“教育論は?”と、つい、そんな問いを投げかけてしまった。

石井さんがキャッチして、返してくれたボールは、まず「そもそも、どんな社会を目指すかが明確でなければ、教育は始まらない」というものでした。

石井さん: 環境に優しい社会にしたいなら、そういう教育がいる。社会で活躍する人材を育てたいなら、そのための教育がいる。「教育」と「目指す社会」は、鏡合わせなんです。僕ら大人が、100年後、200年後にどんな社会を残したいか。その解像度が、まだまだ薄いんじゃないかな。

その上でまさくんが引いたのが、ルソーの教育論『エミール』です。

ルソーは「不確実な未来のために、現在を犠牲にする教育」を否定する。将来に備えて今を我慢させるのではなく、今この瞬間を楽しむような育て方をしなさい、と。12〜3歳までは、知識を教え込むのではなく、水が冷たい、木に登るとこんな景色が見える、セミがこんな鳴き方をする。そうした身体を通した感覚を研ぎ澄ませることが先だという。体が育っていなければ、いくら情報を得ても使いこなせない。泳ぎ方の教科書を読んでも、泳げるようにはならないのと同じ。

そして15歳から20歳にかけて育てるべきは「自己愛」だという。プライドに近い「自尊心」とは違い、できない自分もまるごと許容しながら進んでいく力。それを自分に向けられるようになって初めて、他者にもそれを向けられる。人を大切にできない人は、たいてい自分を大切にする方法をまだ知らないだけなのだ、と。

方角を教えるのは簡単。でも、なぜ方角を知る必要があるのかを伝えるのが教育だとルソーは言う。だからルソーは、本のなかであえてエミールを迷わせた。そうして初めて、方角や天文学が「自分ごと」として必要になってくるのです。


石井さんがつくる畑での学びの場は、まさにその現場じゃないのかな。と私が言うと、石井さんは実際にあったお話を語ってくれました。

石井さん:畑には、国語、算数、理科、社会全部入っているんじゃないかな(!)。それは先生にも言われたことがあって、今までは分野で、国語は国語、数学は数学でやってた。でも全部が詰まってるんですね。だから、「面で教育を捉えられることができた」という先生からのフィードバックをもらったんです。ああ面白いなと思って。畑で体験するっていうことは、すごく勉強になるんです。

植えるために、じゃあ 30センチの間隔を取らないといけない、そうするとまず 30センチがどのぐらいになるかを知らないといけない。なぜ 30センチじゃなければならないのかとか、日当たりの問題もあるし、土ってなんだろうとか、天候の問題もある。いろんなこの学問が入っているのが、その農とか畑。しかもその歴史があるから、社会のことも学べるじゃないですか。

鎌倉時代から続く土地の歴史をたどれば社会科の学びになり、年貢の始まりを知れば「お米が昔はお金だった」という発見につながる。農具の歴史をたどれば、鍬からトラクターへと続くテクノロジーの話になる。その中でも、私が気になったのは、「土とは何か」という、ブラックボックスに包まれ、小中学校では一切問われることのない問いでした。


土を知る。それは大地5億年の歴史の賜物。

すべての原点にあるのが、土だと石井さんは言います。

石井さん :実際に、作物や植物が育つ肥沃な土壌っていうのがあって、その植物が育つ土を土と言うのであれば、耕していくと10年で 1センチとか平気で減っていってしまうんです。それが最もそう最終的にどうなってくかっていうと砂漠の砂になってくるんですね。それを自然界が自然に作るってなったら、 100年から1000年かかるんですよ。だから自分たちが 10年壊し続けるとそれだけの価値の土が失われてしまっていると。その怖さは、実際に畑をやるまでは知らなかったんですよね。

そういうことって本当に大事なことだし。もう世界の 3分の 1は砂漠化してるという現状があって、それが気候変動にも大きく影響しているし、砂漠になるとなかなか草原に戻らなくなる。だから今あるものを大事にしながらも、気候とか自然を取り戻していくっていうことが、地球温暖化の緩和にとっても大事だなって思うんです。まずは土を知ることから。

それでも石井さんは「別に僕みたいに畑をやらなくてもいいんだよ」と子どもたちに伝えていると言います。なぜなら、土を知り、自然を知り、食べるものを知った状態で社会に出て、それぞれの分野で活躍してくれる子どもたちが増えることの方が、はるかに大きなソーシャルインパクトを持つはずだと、信じているからです。

リジェネラティブシティという、5年後の景色

対談の終盤、私たちはこの番組のテーマである「5年後のリアルな暮らし」について語り合いました。

石井さんが描く5年後は、茅ヶ崎というひとつの街から、教育・行政・企業を巻き込んだ「リジェネラティブシティ」が少しずつ広がっていく未来です。茅ヶ崎で芽吹いたモデルが横浜へ、川崎へ、やがて神奈川県全体へ。そして東京、九州、47都道府県へ。ボトムアップで、小さな場所から変わっていく感覚を、石井さんは感じられています。

石井さん :今、時間がない、時間がないって言われますよね。悲しみとか怒りはもちろんあるけど、それをそのまま表現しない。植物だって、雨を受けたら、そのまま水として返すんじゃなくて、酸素にしたり実にしたりして返すじゃないですか。“ワクワクする、楽しそう、かっこいい!”そういう感覚を中心に置いた環境活動の方が、結局は人を巻き込んでいく力を持つ。ネガティブな感情を否定するのではなく、それをどう変換していくかが、この時代に求められていると思うんです。

そう語る石井さんの眼差しの先には、もうすでに47都道府県の風景が見えているようでした。


ーー

インタビュー前編はここまで。

3回にわたる対談を終えて、いちばん心に残っているのは、小学校で子どもたちが「大豆バスケット」で遊んでいる、という何気ない1日のできごとの話でした。環境問題も、農業の未来も、教育論も、大きなスケールで語ろうと思えばいくらでも語れてしまう。けれど、石井さんが実際にやっていることの中心には、いつも「給食の大豆でテンションが上がった」というくらいの、小さな世界での温かさがありました。土壌が豊かになれば、いい苗を植えなくても、勝手に芽吹いて花を咲かせていく。その比喩を、石井さん本気で信じている。僕自身、と或る農園では、「問題を解決しなきゃいけない」というようなマインドセットではなく、それは軽々と越えた方がいいんじゃないかなと考えています。この対談を通して、思いをそのままに表現するのではなく、酸素や実に変えていくという植物の在り方を、少しだけ自分のものにできた気がしました。そして私も、5年後、24歳になる頃までには畑のせんせいをやっているかもしれないな、という想像が私の中で生まれているのでした。


この記事を書いた人

リジェネラティブデザイナー/江澤哲哉(19)

生まれた時よりいい地球に!をテーマに、日々模索している大学生。“足元から人も地球もずっと元気でいられる世界をつくること”を目指して、さまざまな実践者を訪ねながら学んでいます。本マガジン「social roots」を運営する。著書に『この星と僕のあいだに境界線はなかった」がある。岡山県美作市で活動する一般社団法人「と或る農園」の代表理事。

social rootsは、「根っこから未来を育む」をテーマに環境・暮らし・ビジネスにまつわる記事をお届けするリジェネラティブなマガジンです。

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